石野真子さんが母親役を演じるECサイトのCM。
社会人になった娘が初めて担当した化粧品が完成し、母親に「最初のお客さんになってよ!」と電話で頼む。母親は「気が向いたらね」と素っ気なく言いながらも、早速パソコンに向かってECサイトの注文書に入力する。
しかし、サイト側に注文が中々受け付けてもらえず、入力エラーで敢え無く撃沈するオチとなる。
新人営業職の第一歩
新しく身近の人が保険などの個人販売の営業職についたり、店などを開店した際に、親・兄弟などの親族や有人・知人が「最初のお客さん」になってくれることがある。
もちろん、肉親としてはお祝いや激励のためでもあり、本人からすれば、最初の壁となる「初めてのお客さん」を突破して、商談を成立させる成功体験となる。
その過程では商品に対するプレゼン、交渉、受注に関する事務手続きなど一連の仕事を早く覚えるためのいわば”練習台”になって貰う意味もある。
この様に「最初のお客さん」は元々、売り手と買い手の人間関係からくる極めて情緒的な側面が強い。
しかし、イノベーションの世界では「最初のお客さん」により、どれだけ初速が付くかが成功のキーポイントになるケースが多い。
これまでどの様な例があり、どんな意味があったのかを説明します。
「最初のお客さん」の様々な形態
(1)楽天市場
今や楽天市場は国内EC取り扱い高3.9兆円でAmazonに次ぐ国内2位の規模となった。
しかし、創業時の最初の売り上げはたったの20万円であったそうです。
しかもそのうち10万円程度は何と三木谷社長自身からの注文であったとご本人が講演で告白されています。
どんな形であれ、とにかくEC市場のようにITを中心とするイノベーションの世界では「最初のお客さん」によって、ビジネスを動かすことが必須要件です。
そこには店舗の立地や売り手と買い手の人間関係のような制約条件もなく、ただ、お客様のニーズがあるものを出品し、買い手は価格に見合った必要なものを買うという。シンプルな世界で成り立ち、不成立な場合は別の組み合わせを考えることになります。
(2)DARPA
アメリカ国防高等研究計画局(DARPA)は国防総省の内部部局で軍事用の新技術開発や研究を行う機関であるが、ユニークなのはDARPA自身では研究施設などは持たずに、公募に応募してきた企業や大学に研究を任せ、約3,500億円とも言われる予算で支援を行うことです。
これまでの有名な研究成果とされるものは、DARPAの前身機関の時代を含めて、インターネット、GPSに自動運転車など多数あり、その後のアメリカのイノベーションの礎になってます。
スタートアップの研究段階において、掛け替えのない「最初のお客さん」をDARPAが務めています。
(3)宇宙開発
これまでアメリカ、ロシア、中国等の政府主導で進められてきた宇宙開発の分野もいよいよ民間の手による宇宙ビジネスの時代になりました。
イーロン・マスクによるスペースXやジェフ・ベゾスのブルーオリジンをはじめ、相次いでロケットの開発や様々な宇宙ビジネスを発表しています。
いくらロケットや衛星のコストが下がり民間主導で開発ができるようになったとはいえ、事業として廻していくためには継続的な受注先の確保が必要です。
そこで、「アンカーテナンシー(Anchor tenancy)」という、政府による一定の調達保証が注目されています。これも形を変えた「最初のお客さん」です。
技術や運営が安定したところで、他の一般のお客様による事業展開となります。
近江商人の教え
「最初のお客さん」をテーマに売り手と買い手の関係、その効果などを実例を挙げて説明しました。
これらは成功事例ですので、もちろん売り手と買い手の関係は良好です。
最後に”近江商人の教え”をご紹介して本テーマを締めたいと思います。
近江商人とは、現在の滋賀県近江八幡市付近にルーツを持つ商人とされ、伊藤忠商事、住友系列各社、高島屋ほか、多くの商事会社や百貨店の創業に携わってきました。
近江商人に代々語り継がれた教えの1つが「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」です。
もっとも、この様に綺麗な言葉に整理されたのは後世とも言われてますが、考え方は同じです。
ちなみに伊藤忠商事は現在でも「三方よし」を企業理念として掲げ、「ひとりの商人、無数の使命」のタグと共に近江商人の教えを大切にしてます。
かつて、営業職に対する社内教育の定番に「てんびんの詩(うた)」と教材がありました。
近江商人の家に生まれた男子が学校を卒業する際に、家の主人から「鍋蓋を売ってこい」と命じられ、これに悪戦苦闘を重ねながら遂にやり遂げるドキュメント風の映画です。
「鍋蓋売り」は商家の後を継ぐためのいわば資格試験ですので、主人公の男子は売りたい一心で、親戚や顔なじみの所に行きますが、相手にしてもらえません。もちろん、親戚や知人にはことの次第が周知されているためです。
方々を廻り万策尽き、男子は疲れ果てて村の洗い場に座り込んでいると、ふと古い鍋蓋を目にします。これを捨ててしまいたい衝動に駆られますが、すぐに「これも誰かが苦労して売ったものに違いない」と思い直し、鍋蓋を洗い始めます。これを見ていた女将さんが「最初のお客さん」になってくれます。
このように「売り手と買い手の気持ちが一致して初めて商売が成り立つ」ことを示唆しています。
改めて、ネットの時代になっても心に留めておきたいものです。
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